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東京地方裁判所 昭和59年(レ)348号 判決 1985年10月25日

控訴人

脇内竹則

被控訴人

河瀬八重子

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、被控訴人に対し、金二三万一一二〇円及びこれに対する昭和五九年三月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、訴外クラブ天野において、

(一) 昭和五六年二月一三日、訴外森忠明外一名と共にウイスキー等合計六万九七七〇円相当の

(二) 同月二五日、右森と共にウイスキー等合計九万二二四〇円相当の

(三) 同年三月一〇日、右森外一名と共にウイスキー等合計六万九一一〇円相当の

各飲食をした。

2  被控訴人は、同年三月三一日、控訴人らに代わつて前記クラブ天野に対し、前記飲食代金合計二三万一一二〇円(以下「本件飲食代金」という。)を支払つた。

よつて、被控訴人は、控訴人に対し、事務管理による費用償還請求権に基づき、右立替に係る本件飲食代金二三万一一二〇円及びこれに対する右立替払の日の翌日である昭和五六年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  本件飲食代金は接待者である訴外森忠明が支払うべきものであり、招待客である控訴人において負担すべきものではない。

三  仮定抗弁

1  (一部弁済)

本件飲食代金中昭和五六年二月二五日の分(代金九万二二四〇円)については、同年三月三一日ころ、控訴人が被控訴人に対し弁済した。

2  (消滅時効)

(一) 本件請求債権については各飲食をした日から各々既に一年を経過した。

(二) 控訴人は当審第七回口頭弁論期日(昭和六〇年七月二六日)において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は否認する。

五  再抗弁(時効の中断)

1  昭和五六年六月三〇日、控訴人は、四谷警察署家事相談係々員を通じて本件飲食代金を控訴人らに代わつて訴外クラブ天野に支払つた被控訴人に対して本件飲食代金相当の合計二三万一一二〇円の支払義務(以下「本件債務」という。)のあることを認め、かつ、毎月一〇〇〇円ずつ割賦弁済する旨約した。

2  被控訴人は、控訴人に対し、その後くり返し本件債務の履行を請求したところ、その都度、控訴人は本件債務が存在することを承認した。

3  昭和五七年一〇月六日、控訴人は、被控訴人からの本件債務の履行請求に応え、被控訴人に対し、電話で、毎月一〇〇〇円の前記割賦弁済金の未払分を支払い、かつ、爾後遅滞なく毎月一〇〇〇円ずつ弁済する旨申し出た。

4  昭和五八年二月、控訴人は、被控訴人からの本件債務の履行請求に応え、被控訴人に対し、本件債務が存在することを承認した。

5  被控訴人は、昭和五九年一月三〇日、控訴人に対し、本件債務の履行を求めて、渋谷簡易裁判所に支払命令の申立をした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1ないし4の事実は否認し、同5の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因について

1  請求原因1の事実(クラブ天野での飲食)は、当事者間に争いがない。

2  請求原因2の事実(立替払)について判断するに、<証拠>によれば、被控訴人が、控訴人らに代つて、訴外クラブ天野に対し、昭和五六年三月三一日ころ同年二月一三日分及び同月二五日分の控訴人らの飲食代金合計一六万二〇一〇円を、同年四月三〇日ころ同年三月一〇日分の控訴人らの飲食代金六万九一一〇円を各々支払つた事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二控訴人の主張について

1  なお、控訴人は、本件飲食代金は控訴人と共に飲食をした前記森忠明が支払うべきものであつて、控訴人が支払をなすべき債務ではないと主張し、その理由として当審における控訴人本人尋問において、本件飲食代金は、右森が控訴人を接待して飲食に連れて行つた際の代金にほかならないからと弁明する。

2 しかしながら、そもそも一般に、本件の如く複数の者が共に飲食店等で飲食遊興をした場合、当該店舗の営業主が各人に対し飲食の割合に応じて個別に請求するようなことは各人の飲食等の内容、割合が当初より各人の各別の注文等により判然としており、飲食者においてもそのことを十分に念頭において飲食等をなし、かつそのことが営業主にも了知されているような場合を除いては通常考え難く、むしろ営業主としてはその複数の客全員の資力を総合的に考慮して飲食等の提供を行うのが常態であると考えられ、また他方客の側としても営業主に対する関係では、全員で飲食等の代金を支払い、各人の負担割合については内部の問題として処理しようと考えて飲食をするのが通常であると考えられ、たとえ、営業主に対して自己が全額支払う旨の表明(控訴人の言によれば所謂自己への付け)も右内部問題を考慮しての客の側としての請求先の希望を述べたにとどまり、特段の事情のない限り当事者間には、飲食代金については当該複数の客の連帯債務とする旨の黙示の合意が成立していると解するのが相当である。

3  とするならば、たとえ本件において控訴人と前記森との間で、接待者、招待客の関係が存したとしても、そのことは通常控訴人と右森との間の内部的な代金負担割合に影響を与えるにとどまり、特段の事情のなき限り外部者たる営業主に対する関係にまでは影響を与えないと解すべきである。

4  そこで、本件の場合、右に述べた如き特段の事情が存するか否かにつき判断するに、<証拠>(計算書)によれば、右三枚の計算書のうち、二月二五日付計算書にだけ控訴人の署名が存し、他の二枚(二月一三日付及び三月一〇日付)には控訴人の署名が存しないことが認められるけれども、計算書への署名が飲食の事実及び代金の確認に加えて支払意思の表明と解することが可能であることは否定し得ないとしても、逆に計算書に署名が存しないからといつて直ちに控訴人が当該飲食代金債務を負担しない旨の意思の合致があつたと推認することはできず、他に本件飲食代は全て右森において支払い、控訴人は支払義務がない旨の合意が営業主との間で成立した等控訴人と右森らの連帯債務関係を否定すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

5  以上のとおりであるから、本件飲食代金はそもそも全て右森忠明が一人で支払うべきものであるから本件債務についても控訴人に責任はないとする控訴人の主張は失当である。

三抗弁について

1  抗弁1(弁済)の事実について判断するに、当審における控訴人本人尋問において控訴人は、昭和五六年二月二五日に控訴人らが訴外クラブ天野で飲食した代金九万二二四〇円については、同年三月末ころ、被控訴人が控訴人の会社に取りに来たので被控訴人に対して支払いをした旨供述する。

しかしながら、右供述は、当審の被控訴人本人尋問における被控訴人の反対趣旨の供述及びさきに理由一の2で認定した、同年二月二五日に控訴人らが訴外クラブ天野において飲食した代金九万二二四〇円については、同年三月三一日ころ、被控訴人が控訴人らに代わつてクラブ天野に支払つたという事実に照らしにわかに信用することができず、他に右弁済の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  抗弁2(消滅時効)について

(一)  控訴人は、被控訴人の本訴請求は飲食店における飲食代金若しくは立替金の請求であるから、民法一七四条四号に基づき、飲食後一年間を経過したことによつて、右飲食代金債権は既に時効消滅した旨主張する。

(二)  しかしながら、本件の被控訴人の控訴人に対する請求は、飲食代金自体の請求ではなく、被控訴人が右飲食代金を立替払したことによつて発生した債権に基づく請求であり、その法的性質は、事務管理による費用償還請求と解すべきものであつて、民法一七四条四号にいう「料理店ノ飲食料」に該当するものではない。

また、同条同号は、同号所掲の債権の「立替金」についても一年間の短期消滅時効の対象となるとしているが、そもそも同条同号は、所掲の営業を営む者と客との間の契約から生ずる債権については通常直ちに請求又は支払がなされるのが通常であることから短期に清算されるのが望ましいとの考慮に基づき設けられたものであることに鑑みれば、右にいう「立替金」とは、同条同号所掲の営業を営む者が客の代価を立て替えた場合におけるものに限られると解すべきところ、<証拠>によれば、控訴人はクラブ天野の経営者ではなく、同店で稼働する従業員にすぎないことが明らかであるから、本件の被控訴人の控訴人に対する債権は、同条同号にいう「立替金」にも該当しないというべきである。

(三)  以上より、被控訴人の控訴人に対する本件の債権は民法一七四条四号の「料理店の飲食料」若しくはその「立替金」のいずれにも該当するものではないから、右に該当することを前提とする被控訴人の短期消滅時効の主張は、主張自体失当であるといわざるを得ない。

四以上より、再抗弁について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人に対する事務管理による費用償還請求権に基づく二三万一一二〇円の請求は理由があるものというべきである。

なお、被控訴人は、右請求に付帯して、控訴人に対し、立替金支払の翌日である昭和五六年四月一日から支払すみまで年五分の割合による金員の支払を求めているが、この請求が、利息金に固執する趣旨であるとするならば失当であるといわざるを得ない。けだし、そもそも事務管理による費用償還請求権については、利息の請求を認むべき規定が存せず、民法七〇二条二項も同法六五〇条二項は準用しているものの同条一項は準用していないことに鑑みれば、利息の請求は認められないと解すべきだからである(大審院明治四一年六月一五日判決民録一四輯七二三頁参照)。

しかしながら、被控訴人の右付帯請求は利息金に必ずしも固執する趣旨ではなく遅延損害金の請求の趣旨を含むものであると善解することも十分可能であるところ、本件の事務管理による費用償還債権は控訴人も自認する如く期限の定めのない債権であると解されるから、控訴人に対し本件に関する支払命令の正本が送達されたとみなされる日であることが記録上明らかな昭和五九年三月六日の翌日である同月七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合において遅延損害金の支払いを求める限度では、被控訴人の右付帯請求は理由があるということができる。

五よつて、被控訴人の本訴請求は、金二三万一一二〇円及びこれに対する本件支払命令正本送達の日の翌日である昭和五九年三月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべく、その余は失当として棄却すべきものであり、これと異なる原判決を民事訴訟法三八五条に従い右不当の限度において変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邊 昭 裁判官澤田英雄 裁判官定塚 誠)

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